2003年3月5日 (水曜日) 22:59更新
メディア・リテラシー教育
2003年度はどう取り組むか
静岡大学助教授 堀田龍也
この文章は,2003年2月13日に行われた,静岡県メディア・リテラシー教育研究委員会での講演内容をもとにしたものです。
おはようございます。静岡大学の堀田です。どうも僕はこの委員会と相性が良いと思っているつもりなんですが、本当はこちらが先約なのに、どうしても拠ん所ない理由が必ず入ってきまして、前回も早々に引き上げさせていただきました。今日は今日で、静大で大事な会議が設定されていまして、どうしても本務ということで戻らなければならなくなりました。実は今日、僕はとても楽しみにしていました。皆さんのご報告、特に授業のご報告をいろいろ聞きたいなと思って、個人的にも非常に楽しみにしていたのですが、大変申し訳ないですが、最初にお話しさせていただいて、失礼するという形を取らせていただきます。そうは言っても、中間まとめを早々に榛葉先生から送っていただきまして、皆さんの足跡を少し拝見いたしました。皆さんのお話をうかがってからでないと、きちんとしたコメントはできないのですが、今、僕が読んだ限りで少しお話に加えさせていただきたいと思います。もしかしたら、事実誤認があるかもしれませんが、「こんなことを感じたよ」ということを少しお話ししたいと思います。
最初の時に申し上げましたが、メディア・リテラシーについて県を挙げて取り組んでいる所というのは、静岡県しかありません。次が間もなく出てくると思いますけれど、そういう意味では、他に先駆けて行っている取り組みだということです。そして唐國先生が今、割と全国区で有名になりました。いろいろな所で「静岡ではこんなのやってるぞ」、ということをご披露、ご努力されている関係で、非常にいろんな意味で一線の方々から注目を浴びています。「注目されると困るよ。」とおっしゃるかもしれませんが、良い意味で、どうせ取り組むならたくさんの見ていただいて、たくさんの評価をしていただいた方が良いだろうと思いますし、これもまた税金で行われていることですので、いろんな意味で説明責任があります。そういう観点からも中間報告を見せていただきました。
雑ぱくな感想で言うと、どこもこの9ヶ月の間に、「よくもここまで本質的なことを、授業実践として取り組まれてきたな」というのが正直な感想です。全ての学校一つひとつにコメントはできませんが、全体として、高校は高校なりに、中学は中学なりに、小学校は小学校なりに、特殊教育学校はそれなりに、いろいろな課題、あるいは実体等がある中で、「よくそこの学校の特色を生かしながら取り組まれたな」というのが僕の最初の感想です。
例えば、高校はどれもなるほどと思って拝見したんですが、例えば掛川工業さん。この後報告されると思いますが、いろいろなデータをアンケート調査で取られています。つまりそれは、子どもの実態を把握されて、その実態と授業とのすり合わせというか、その辺を考えられたなと思いました。欲を言えば、この実態を元に、「僕らのメディア生活はこれでいいのか」というところを、授業するとまたいいのかなと思いますが、それはまた来年度でもできることです。
現実、メディア・リテラシーというものは、新聞の読み解きとか、テレビの評論みたいなことが多くなってしまいます。そうではなくて、「僕らの身の回り」「僕らの暮らし」「僕らとメディア」「メディアと社会」みたいなものの延長に、そういう話があるということを、どう位置づけるかといった時に、こういう具体的なアンケートに取り組み、実際に「こんなふうに便利だ」、あるいは「こんなふうに嫌な思いをした」ということを授業化されるということは、非常に貴重な試みではないかなと思いました。そういう目があるなと感心して拝見しました。
中学校さんは、正直言って僕はいろんな課題を感じました。そんな中で、大仁中学校さんなどは、例えば、総合的な学習の時間とか学校の情報教育、図書館教育、そういうようなところの延長に、うまく「子どもが表現する」ということを中心としたカリキュラムとして位置づけられて、言い方は悪いかもしれませんが、そこに本物の外部人材を投入されて行われている様子が、なるほどと思って感心したわけです。
他にも中学校の課題は、これは静岡に限りませんけど、普段の情報教育があんまり時間が取れない関係で進まない。普段の総合的な学習の時間があんまり時間が取れない関係で進まない。そういうところでメディアの読み解きだけを学習しても、何か浮き世離れした感じになりがちですね。でも、もし普段子どもたちが表現できていたり、自由に調べたりしていると、実は中学生というのは非常にクリティカルな反応をします。中学生は、メディア・リテラシーには、世の中のこともやや分かってきた段階で、非常にふさわしい年齢だと思っています。小学生にはできないことが中学生ではできる、高校になるとちょっと遅い、というようなことがやっぱりあると思いますので。
学校の中でどれくらい行われているかということと、メディア・リテラシー教育がどう位置づくかということが、ものすごく関係しているのではないかな、ということをこの報告書を見て感じた次第です。内容としては非常に大事なところを押さえられている。それを「授業として、どう日頃の取り組みと関連づけていくか」というところが課題かなと思いました。
小学校さんも、非常に面白いなと思って拝見したのですが、ケーブルテレビとタイアップした事例などもありました。この中で一番コメントしようとすると、河津南小の来年度の予定カリキュラムですね。これをなるほどと思って拝見しました。それぞれの取り組みがそれぞれありますが、この予定のカリキュラムが、どうしてなるほどと思えたかというと、ちょっとした話といいますか、よくある話といいますか、一つひとつは小さい話ですね。だけどそこがいろいろな教科の、いろいろな学年の、いろいろなところに、ちょっとずつちょっとずつある。それを、機会を捉えてメディア・リテラシー教育を日常化しようとしているカリキュラムだなと思いました。普段の授業と全く懸け離れて、取り立てて何かを論じるような学習になりがちなこの分野を、普段の国語、普段の社会科、普段の学級活動、そういうところにうまく位置づけていらっしゃると。まあこれは予定のカリキュラムなので、来年ちゃんとこれをやっていただかないといけないのですが、そこの部分が非常になるほどと思って拝見したわけです。
特別支援教育の方で申し上げると、僕は特別支援教育にあまり詳しくないので、皆さんの報告をなるほどと思って読ませていただいた側なんですが、一番ドキッとしたのは、中央養護学校さんが書かれている、「子どもたちは体の状況によって外に出る機会が少ない」「少ないから一般の社会や人々との関わりが不足しがちである」「不足しがちであるからメディアからの情報を割とメインに受け止めやすい」「だからメディア・リテラシー教育は必要だ」という論の展開がなるほどと思ったわけです。
ではこれをどうするかといった時に、「一般の方々とどう触れ合わせるか」という解決の道筋というのがあります。それはそれできちんとやらなければいけない。でも一方でメディア接触時間といいますか、メディア接触態度といいますか、が割と鵜呑みになりがちだとしたら、そこをきちんと教えていかなければならない。「体験」というよりも「教えていかなければならない」ということを、ドキッと感じたわけですね。でも、これは実は中学生でも、高校生でも、小学生でも、メディア接触時間や態度が長く、そこに鵜呑みにされがちなところで、かなり本質的な話ですよね。そのことをこの報告書から感じたわけです。
残り時間の関係もありますので、全部を網羅的にコメントすることはできませんでしたが、ご覧いただくと分かるように、折り曲げたり赤丸付けたり、いろいろと勉強させていただきました。本当にお疲れさまでした。
今日、僕がお話しする役目としては、本当は「皆さんのこの中間報告を総括し、ある意味クリティカルに見て、更にここを押さえておかないといけないのではないか」ということを申し上げるのが、僕の立場だと思います。今、こういうところを感心しましたという話をしましたが、どちらかというと、来年度は更にここを、今年度をふまえて、押さえていっていただきたいということと、それは本質的にはなぜそうなのかということを少し理論的に話しをしていければと思っています。
中間報告に学ぶということで、今一つひとつコメントしましたが、全体として考えるとこういうことを感じたということです。(図1参照)
まず、全ての学校が、とは言いませんが「学校全体で取り組もうとしている」ところが、僕はすごくいいなと思いました。子どもの能力を育てるというのは、ある1時間の、ある特定の授業で、手品みたいに急に賢くなったり、急にものの見方が優れるようになったりはしません。学校全体の教育活動がそちらの方向に向かっているということがどうしても必要になります。
そうはいっても学校体制からいって、全ての教科で、あるいは全ての教職員が取り組むというのは、そんな簡単ではないことはよく分かります。そんな中で先生方が様々な教科で、それぞれの教科の立場をふまえつつ取り組もうとしている。あるいはいろいろな先生方に、まだ授業化まではいかないのだけれど、きちんとこのメディア・リテラシー教育の必要性を認識していただくような研修や、読み合わせをやっている。そういう姿勢になるほどと感心したわけですね。もしそこまで行ってないなという先生方、学校さんありましたら、一度に全部というのは無理だけれども、ぜひ少しでもその幅を広げていただくような形にしていただきたいと思います。
学校教育の活動の多くの部分は授業時間ですよね。その多くの部分は教科です。従って、教科や科目でメディア・リテラシー教育を行うということは、実はメディア・リテラシー教育の日常化を意味します。しかしながら教科・科目はそれぞれの立場や目標がありますので、逆にそれは特性でもあります。「社会科でメディア扱うならここだよね。」「国語で扱うならここだよね。」そういう特性があるので、その特性をうまく生かして、教科の授業にも少しプラスアルファしていただく形で、メディア・リテラシー教育を行っていただき、それを各教科を超えて共有していただくことで、更に進むのではないかなということを感じたわけです。来年度の取り組みにおける一つのポイントは、学校が研究指定校になっています。人が研究指定になっているわけではありません。学校が県から指定されているという事をふまえて、ぜひ周りの先生方にできるだけ多くこのことを理解していただき、できるだけほんのちょっとの努力をたくさんの人がする。一人が百歩進むよりも、百人が一歩進むという言い方がありますけれども、そんなイメージをされるといいのかなと思いました。
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