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メディア・リテラシー教育 2003年度はどう取り組むか(その2)

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二つ目、これは先程アンケート調査の話しをしましたが、「実態を把握する」ということがとても重要です。例えば、子どもたちがテレビをどれほど読み解けるかとか、新聞のことを話題にするとかいいますけど、そもそもどのくらい新聞に接触しているのですかね。どのくらい読み取れるのですかね。今回、高校ではアンケート調査ということでやっていました。小学校ではアンケートでは済まないかもしれません。まあ場合によってはアンケート、例えば「家庭にインターネットはありますか」ということが、プライバシーの問題とかもありますので、正確に実態を捕まえることは難しいかもしれません。しかし、子どもが例えばこの記事を読んだ時に、「どのくらい、どういうふうに思うのか」をややテストふうに「大事だと思うところに線を引いてごらん」とか「おかしいなと思うところに波線を引いてごらん」とかいう形でやってみた時に、本当にそこに的確に線が引けているか、読めているか、ということの実態をきちんと捕まえた上でないと、読み解きの授業なんてできないですよね。あるいはやっても子どもたちの現実から見ると、浮き世離れしたものになりがちということですね。そういう意味できちんと実態を把握していただく。

「都会の子は割とメディアに慣れているけども、田舎の子はメディアに慣れていない」というのはよく言われる話です。例えばこれは青森の実践ですけど、「渋谷にいる女子高生はみんな顔が黒い」「だいたいみんなちょっと悪いことをしている」と思っているといいます。そんなことないですよね。渋谷に行くとそうでない人はいっぱいいます。「そうである人」がよくメディアに映るのですね。なぜかというと珍しいからです。前もお話ししたかもしれませんが、ここで言うのが適切かどうか分かりませんけど、教職員が何かよろしくないことをやると話題になりますよね。珍しいから話題になっているのですね。でも、見ている人は「最近先生はだめだな」「みんなちょっとおかしいんじゃないの」って「みんな」って言っちゃうんですよね。この辺がメディア・リテラシーの割と大事なところなんですよね。

世の中から、ちょっと珍しいから話題になっている。でもそれがメディアを通じてやってくると、僕らはそれが全てだと思ってしまう。それは実は大人の僕らにもある感覚なんですね。子どもたちにそういうことを気づかせる上で、本当にどの位そう思っちゃうのか、それは違うよと言った時に、例えば読ませる、見せる、いろんな手だてを組むのだけれども、いったい「どの位読めているのか」「見られているのか」みたいなことの実態をきちんと把握していただくということが、そこの学校でやるべきメディア・リテラシー教育の課題を明確にする上で重要だと思います。

これは総合的な学習の時間になぞらえていうと、「総合的な学習の時間が大事で、ドリルとかそういう基礎基本みたいなのはちょっと置いといた方がいいんじゃないか。総合の方が重要だ。」という人もいます。僕はそれは違うなと思うんですね。「どっちが大事か」じゃなくて、「どっちも大事」なんですね。例えば総合的な学習の時間でも、子どもたちを調べに行かせる時に、きちんと調べる力が付いているのかどうか、付いてないのに町に出して、いろいろ見てきましたねといっても観光と変わらないようになっちゃうんですね。そうじゃなくて、例えば「きちんとインタビューできるの?」「きちんとメモして来られるの?」「取ってきた情報をきちんと再加工できるの?」と、一つひとつはある意味訓練によって身に付くスキルなんですよ。そういうものが鍛えられてるということと、主体的に活動するということは、ものすごく関係があって、主体的な場を用意しておけば、そのうちできるようになるということではないんですよね。それは「海に行って毎日泳いでいれば、いつか泳げるようになる」とか、「毎日車を運転していればそのうち高速とか全然大丈夫になる」とか、ちょっと何か違うでしょ。僕らは海に行く前にまずプールできちんと指導しますよね。自動車も教習所に行ってきちんと段階を追って指導しますよね。学校教育が担当すべきところはその段階を追ってきちんとできるようにするところなんですよね。だからメディア・リテラシーについても、世の中の言われている「メディア・リテラシー」と「メディア・リテラシー教育」は、ある意味区別しなければいけないところがあると思うんですね。

いろんな意味でイデオロギーを背負っているメディア・リテラシーと、そのどこの部分の要素をどう鍛えなければいけないのか、どう気づかせてどうできるようにさせなければいけないのかという教育の基本的な部分。これは小学校や中学校や高校、段階によっていろいろ違いますけど、このことをもう一回押さえ直すことが大事かなと。静岡県では「メディア・リテラシー」に全ての学校が取り組んでいるのではなく、「メディア・リテラシー教育」に取り組んでいるんですよね。だから、「どこを教育すべきか」「どの学校段階では何ができるのか」「どういう実践をしたらどういう結果が出たのか」ということを元に、今後普通の学校が取り組んでいく指針にしたいわけですよね。この辺を大事にしたいなと思ったわけです。

三つ目、『発信−受信の「循環性」』と書きました。メディア・リテラシーの中では、循環性というのは一つのキーワードです。要はサイクルになっているということですね。「発信したことがない人はきちんと読み解くことはなかなか難しい。きちんと読み解けない人はうまく発信はできない」という話です。それは鶏と卵でどっちが先とかということではないんですね。

よく「受信できる目が付きました。」「それでは発信しましょう。」「発信しました。おしまい。」という単元のプランを組む場合がありますけど、それでは力は完全には付きません。ある単元はそうであっても良い。だけどその次にまた読み解く授業がないと循環はしないんですよね。「調べて、まとめて、伝えて、おしまい」みたいな授業よくあるでしょう。何か発表会やって終わりました、と。でも本当は、発表会をやって振り返った時に、あるいは他者評価をいただいた時に、自分の発表のどこが問題で、それはどういう調べ方に失敗があったのかということを、もう一回振り返って、次に調べる時はこうやってやろうとか、次に発表する時はこんなふうにやろうと思えるから、次にやる時にそれができるんですよね。次がないとうまくない。一回やっただけではできるようにならないんです。これはどんな力もだいたいそうだと思いますけど、およそ受信と発信というのはメディア・リテラシーではどちらかに偏りがちです。しかし、全ての単元に全部盛り込むというのは無理があります。ある時は国語で読み解き方を学んでもいい、ある時は発信を総合でやってもいい。それが繋がっているということを、どう子どもたちに意識させるかということがとても重要なことだと思うわけです。だからこそ教科間のこととか、あるいは全教員のこととかが大事だと一番上に書いたということです。

もう一つは『子どもの「現実」』と書きました。何を言いたいかというと、メディア・リテラシー教育での悩みは、「良い教材はどれなの?」ということなんですよね。「何を取り上げればそのことを教えられるんでしょう」と。子どもたちにとって、その取り上げたことがどれ位日常性があるかということ、日常の中に潜んでいる注意すべき点をクローズアップすることが大事なんですね。だから今回でいうと、第2東名高速道路の話があったり、ウサマ・ビン・ラディンの話があったり、いろんな題材を取り上げるのはいいでしょう。「それと僕らの現実はどう関係しているの。これと同じ事がみんなのこの話の中にもあるんだよ。」というようなことまで押さえないと、「ビン・ラディンの勉強」「高速道路の勉強」になっちゃうってことですよね。それを「どう子どもたちの生活・現実に繋げてあげるか」というところに教師としては腐心しないといけない。そうしないと、切り離された知識だけが学ばれて、子どもたちにとっては生きる力にはならない。これが、『発信−受信の「循環性」』の中にうまく組み込まれると、ある時取り立てて取り上げたそのことが、「なるほど、僕らがいつも発信していることも同じことに陥っているかもしれないな」と思ってまた発信の修正になっていくような、そういうことをやらないといけない。こういうことを感想から更に突っ込むと、ポイントとして感じたということです。

これについて、少しだけ実践事例をお話ししたいと思います。これはこの間話そうと思っていた部分でもあります。あまりゆっくり話せなかったので、今日付け足してみたいと思います。これは小学校4年生でやった授業です。何の授業かわかりますか。これはポスターの表現のことをやっているんですね。メディア・リテラシーふうに言うと、このナショナルはクーラーの宣伝なのに、画面のほとんどが「モーニング娘。」で、そしてキャッチコピーが「かいてき3まい」。「3まい」って何だか分からないですよね。この「3まい」っていうのはエアコンの何だかが3枚だと、それに小学校4年生が気づけるかという話ですね。これはちゃんと気づけます。

この中村先生という先生ですけれども、気づけましたね。どうして気づけたかと言うと、うまい授業の運びがあります。これだけでやっている訳では無いんですね。最初、ポスター探しをしたんですね。「いろんなところにいろんなポスターがあるよね。持ってこられるものを持ってこよう。」って。自分たちの周りにあるポスターをデジカメで撮ってきたり、本物がいただければ本物を持ってきたりして、教室に飾って、目に付いたものを、いろいろ見てみて、そこに気づいたことがあれば付箋に書いて貼る。というようなことをずっとやったんですね。その上での授業です。

これはビールのポスターなんですけど、当たり前ですけど、ビールのポスターにはビールなんだ。この線で行くと、クーラーのポスターにはクーラーなんですよね。でも違う。これも子どもたちは気づいていましたけど、ビールって暑い時にプハーって飲んで気持ち良さそうなイメージがあるのに、これは冬のビールを売り込んでいるところなんですよね。これがあるから対比でこれが効いてくるんですよね。『何でビールのCMにはビールなのに、クーラーのCMには「モー娘。」なの?』と。そうして子どもたちは理由を考えるわけです。小学校4年生ですから、経済の原理とかの細かいことは分かりません。小学校4年生でそこまで教える必要はないとも思います。でも中学校ではちゃんと教えて欲しいと思いますけど。だけど子どもたちは気づいていましたね。これは「クーラーって、涼しいとか爽やかとかいうことを言いたいんでしょう。」と。で、「モー娘。」はだいたいの人が爽やかなイメージを持つ。これは子どもの意見です。

もう一つは、クーラーのポスターだったらみんなあまり注目しないけど、「モーニング娘。」がいればそれだけで注目します。「モーニング娘。」を見た後に、じゃあこれ何だろうと思ってクーラーに目がいけばそれでいいんじゃないか、ということですね。

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